噴水

Roma

5.Vaticani ヴァチカン市国

Vaticaniヴァチカン市国Vaticanバチカン市国旅行記庭園の噴水「蜂の噴水」Fontana delle Api in Vaticano1625-ボッロミーニの作鷲の噴水 Fontana dell'Aquila1611年 ステファノ・マデルノ作地図上の Eagle Fountain がそれバルベリーニ広場のトリトーネの噴水のポーズは、ベルニーニがこれを真似たもの。「着想を得た」という表現だがどうだろう…
Roma

6.Parco della Fontana dell’Acqua Acetosa アセトーサの噴水公園

Parco della Fontana dell’Acqua Acetosaアセトーサの噴水公園Via Enrico Elia, 00197 Roma RM,以前は、リメンバランツァ公園内とされていたが、この噴水公園だけ切り離されたようだ。場所は変わっていない。Fontana dell’Acqua Acetosa アセトーサの噴水Museum of Fine Arts Boston ジョヴァンニ・バティスタ・ファルダ作(17世紀後半)。Renibus et stomacho, spleni corique medeturMille malis prodest ista salubris aqua.この健康な水は腎臓、胃、脾臓、心臓の薬であり、千の病気に役立ちます。— パウロ五世の奉献碑文よりFontana dell'Acqua Acetosa はローマにある噴水で、パリオーリ地区の同じ名前の平地にあります。この地点でテヴェレ川は深く曲がり、再び北へ向かいます。噴水は道路よりも低い位置にあるため、階段を使ってアクセスします。2003 年、フォンド アンビエンテ イタリアーノは、イタリア人...
Italia国内

162.ドゥカーレ宮(エステ家) Sassuolo

Palazzo Ducale(d'Este)ドゥカーレ宮(エステ家)Piazzale della Rosa, 10, 41049 Sassuolo MO,月曜定休 平日 10時00分~17時00分HPには噴水は載っていない。噴水以外に興味深いものはないのに。1652-3年に宮殿の庭のために3つの噴水のデザインをした。実際の制作は地元の職人があたったために、クオリティはよくないらしい。だが、そのためにかなり親切な設計図を送ったらしいPalazzo Ducale、SassuoloPalazzo Ducale、SassuoloPalazzo Ducale、SassuoloPalazzo Ducale、SassuoloGalleria Estense、ModenaGalleria Estense、ModenaJ.Paul Getty Museum (Carifornia)Victoria & Albert Museum (London)Palazzo Ducale、SassuoloFogg Museum of Art (Mass)Palazzo Ducale、SassuoloPalazzo D...
Italia国内

171.ヴィラ・デスタ Tivoli

Villa d'Esteヴィラ・デスタP.za Trento, 5, 00019 Tivoli RM,平日 8時45分~19時45分土曜 8時45分~23時45分月曜 14時00分~19時45分開かない、新しいのがわからないイメージとは違って、入口は多分ここ。16世紀の半ばにフランス王フランソワ1世によって枢機卿となったイッポーリト・デステ(Ippolito d’Este)は、後に失脚してティヴォリに引退し、ベネディクト派の修道院をナポリ出身の建築家ピッロ・リゴーリオ(Pirro Ligorio)に依頼して改築させたのがこの別荘である。館の内部は16世紀のローマ派のフレスコ画で飾られ、階段を下っていくと眼下に様々な噴水で飾られた庭を見晴らす、すばらしい回廊にでられる。15.ビッキエローネの噴水 Fontana del Bicchierone「デル ジーリオ」としても知られるこの噴水は、ヴィラの庭園の主軸にあるパンドラ ロッジアの下にあります。エレガントで静かなこの噴水は、ヴィラの建設からほぼ 1 世紀後の 1661 年に、リナルド デステ枢機卿からジャンロレンツォ ベルニーニに依頼され...
Roma

11.Piazza di Spagna スペイン広場

Piazza di Spagnaスペイン広場Piazza di Spagna, 00187 Roma RM,間近にあるスペイン大使館にちなんで命名された。広場の中央には、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水(舟の噴水)」がある。東には大階段がある。西側はコルソ通りに向けてコンドッティ通りがある。スパーニャ広場には、トリニタ・デイ・モンティ教会へと続くトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」が接する。 設計はフランチェスコ・ディ・サンクティスによるもので、1725年に完成した。波を打つような形態はバロック的な効果をあげている。映画『ローマの休日』で、オードリー・ヘプバーン扮する王女がジェラートを食べたシーンでもおなじみの場所である。当初、フランスの外交官の寄付によって造られたものの、スパーニャ広場にあるためこの名で呼ばれている。現在はスパーニャ広場付近の地下鉄入り口付近に階段を上らずに上にいけるエレベーターが設置されている。保全のため広場での飲食や階段での座り込みが法令で禁止され、『ローマの休日』のシーンのようにジェラートを食べたり座ったりすることはできない。船...
Roma

18.Palazzo Antamoro アンタモーロ邸

Palazzo Antamoroアンタモーロ邸Via della Panetteria, 15, 00187 Roma RM,この口を開けている建物の中庭にあるらしい。見ることができるのか?不明。アンタモーロ邸の噴水噴水1669Palazzo e Museo del Bargello(Firenze)クレメンス9世のためのパオロ・ストラーダの噴水によく似ている。解決せねば
Roma

22.Piazza Barberini バルベリーニ広場

Piazza Barberiniバルベリーニ広場P.za Barberini, 00187 Roma RM,広場の名称は、すぐ南にあるバルベリーニ家の宮殿、パラッツォ・バルベリーニに由来する。そこはかつてはスフォルツァ家の所有地であり、この広場も1625年ごろからはスフォルツァ広場と呼ばれていた。さらにその前、16世紀中ごろには“piazza Grimana”と呼ばれていたらしく、その痕跡はvia degli Avignonesi街に残るプレートに見られる。なお、パラッツォ・バルベリーニは1633年ごろに完成している。トリトーネの噴水 F.na del Tritone1642年から43年、(32~37年説)教皇ウルバヌス8世の命で、実家バルベリーニ宮の前の広場に造らせた。トリトーネはギリシャ神話の半人半魚の海神で、普通法螺貝を吹き鳴らす姿で表される。ベルニーニは種々の寓意を見事に結びつけて、この幾分曖昧な海神をトリトーネ広場と呼ばれていた場所の中央に据えて、パトローノに敬意を表した。トリトーネは、文学によって獲得された不滅性の象徴として使われた(ウルバヌス8世は才能豊かなラテン詩人であ...
Roma

43.Piazza Navona ナヴォーナ広場

Piazza Navonaナヴォーナ広場Piazza Navona, 00186 Roma RM,ベルニーニとボッロミーニというバロック芸術の巨匠が、才能を競っているようなこの広場は、ローマ屈指の魅力を誇る。ドミティアヌス帝(81~96年)が建設したローマ最初の競技場のトラック跡である。1645年に即位した教皇イノケンティウス10世は、出身のパンフィーリ家の栄誉のために広場を改修した。ウルバヌス8世がバルベリーニ家をたたえてクィリナーレの丘を改修した例に倣ったのである。パンフィーリ宮とサンタニューゼ・イン・アゴーネ教会を再建、グレゴリウス13世の噴水2基を改修し、大規模な「4大河の泉」を建設した。4大河の噴水 Fontana dei Quattro Fiumi Fontana dei Quattro Fiumi4大河の噴水 F.na dei Quattro Fiumi1648-51ベルニーニがナヴォナ広場に制作した《四つの河の泉》は、二つの構想から成っている。一つは、オベリスクの台座を中が空洞になった岩山にするというアイディアであり、もう一つは、それを四大河川の寓意像で飾るという「着想...
Roma

73.villa Mattei マッティ荘

villa Matteiマッティ荘〒00184, Metropolitan City of Rome Capital, Rome住所もこんな(笑)現在はただの広大な公園になっている。ローマ市の管轄なのだが、持て余し気味?写真はナヴィッチェラ通りからの入口で、Chiesa di San Tommaso in Formis という教会の隣。いくつか出入口があり、中に道路も通っている部分もあるが、城壁に囲まれて閉鎖的。起源はフラウィウス時代とトラヤヌス時代に遡る敷地を占めており、ヒラリアナ大聖堂とその特異なモザイクやさまざまな時代の数多くの発見物が含まれており、ヘリオポリスの太陽神殿から略奪されたもので、一般に「串刺し」として知られるラムセス2 世のエジプトのオベリスクがもあります。オベリスクには不吉な伝説が付いています。最後の移動工事中に、作業員の上に台座が(ロープの破損により)落下する事故があり、作業員は上肢を失い、解放するには切断しなければなりませんでした。そしてそれは今でも同じ基盤の下にあります。この記念碑的な入口は、かつてマッテオ ボイアルド通りにあったが、現在は建設のため消滅した...